高知県の木造校舎

高知県には21の市町村の中に、34校の木造校舎がありました。現在ではほとんどが取り壊されて残っていないようです。今では貴重な画像となってしまいました。
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高知県東洋町の木造校舎

名留川小学校

名留川小学校

この名留川小学校は、大正15年名留川尋常小学校として創立され、平成17年に休校となり3年後に廃校となったようです。
撮影した当時は在校生1名の現役校でした。撮影の折、近所のおじさんと話をしました。「日本はこんなに農業を捨ててどうなるんやろう?」 と言ってました。 農業でやっていけないから、学校も廃校になる訳です。 日本はどこへ行くのでしょう?

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高知県室戸市の木造校舎

長者野中学校

長者野中学校

この長者野小学校は、室戸市吉良川にある「西の川」と言う川を遡ったところにある廃校になった学校です。
撮影に行ったその日、近くの集会所に住民が集まっていました。みんな遠い昔この学校を卒業したのでしょう。
二宮金次郎像の撮影のため、校門の上にあがって撮影していた私を見かねたのか、「脚立を持ってこようか?」と親切な声、「ここの卒業生ですか?」 と尋ねると「そうじゃ!そうじゃ!」と うれしそう・・・。  
母校の話をするとき、誰もうれしそうな顔になります。

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高知県安田町の木造校舎

小川小学校

小川小学校

この小川小学校は、高知県の安田町から馬路村に向う途中にあった学校です。
明治22年創立され、昭和56年に統合され廃校となっています。
校舎の軒下に絡まるつたの紅葉がきれいで、それは余計に寂しさを誘うものでもありました。

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高知県安芸市の木造校舎

八ノ谷小学校

八ノ谷小学校

八ノ谷小学校は安芸市黒瀬地区にあった小学校で、現在は廃校となり集会所として使われている。
昭和の最盛期には児童数36人だったそうです。
左側半分の校舎は取り壊されていて、残っているのは半分の校舎のようです。
黒瀬地区には「温泉こまどり」があり、八の谷小学校は温泉からもう少し奥まったところにあります。

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高知県南国市の木造校舎

瓶岩小学校

瓶岩小学校

この瓶岩(かめいわ)小学校は南国市北部の瓶岩と言う地区にあった学校です。
学校が廃校になる原因は地区の過疎化だが、この瓶岩小学校は石灰鉱山による公害が原因だそうで、極めて珍しい事例のようです。
創立は明治30年で、60年の歴史を刻んで廃校となったそうです。撮影時は本体の校舎は無く、残っていた建物は講堂のようでしたが、その雰囲気から、立派な校舎であったことだろうと想像できるものでした。
その後残っていた講堂も取り壊され、今は何もありません。

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高知県土佐山田町の木造校舎

片地小学校逆川分校

片地小学校逆川分校

この川田山小学校は、徳島県吉野川市(旧山川町)の樫谷と言う所ににあった学校です。
昭和59年に廃校となったようで、撮影時は見栄えのする木造校舎でした。

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高知県香北町の木造校舎

猪野々小学校

猪野々小学校

この猪野々小学校は、高知県香美市を流れる物部川に沿って東に進み、香北町の東の端にある猪野々と言う集落の中にありました。
明治5年の創立で、130年の歴史を刻んで平成14年に休校となりました。その後廃校となり、現在は校舎は取り壊されて更地となっています。
撮影した時は、かろうじて現役の学校でした。とてもいい佇まいの木造校舎でしたので残念です。

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河野小学校

河野小学校

この河野小学校は、香美市(旧香北町)の日ノ御子川を遡った山の中にあります。
明治5年に創立し、100余年の歴史を閉じた廃校です。大きな学校ではなく、全盛の頃の生徒は30人くらいだったようです。
廃校になってもう30年以上40年近くになるようですが、それでも校門や校舎は凛として建っており、やっぱり残っていて良かったなぁ…と思わせる雰囲気を漂わせていました。

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谷相小学校

谷相小学校

この谷相小学校は高知県香美市香北町を北の方に6キロほど山に上った所にありました。
創立は明治時代で、長い歴史を経て平成14年に休校、平成17年には廃校となっています。
撮影当時は現役校で、日曜日にもかかわらず校長先生がおりました。
教室の中にぽつんと一つだけ机が在ったのが印象的でした。

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暁霞小学校

暁霞小学校

この暁霞(ぎょうか)小学校は、高知県香美市香北町五百蔵にあり、昭和37年に廃校になったようです。
周囲に広がる緑の畑の中に赤い屋根がくっきりと浮かび、一服の絵画を思わせる構図になっています。
わいわいと元気な子供の声が聞こえて来そうな雰囲気ですが、やっぱり廃校は寂しいものです。
でも、こうして校舎が残っているのは救いと言えるかも知れません。

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高知県物部村の木造校舎

久保小学校

久保小学校

この久保小学校は、旧物部村の上韮生川のほとりにある学校です。
昭和55年に統合され廃校となったようです。全盛期には130人ほどの児童が学ぶ山間部にしては大きな学校です。
学校の全盛期と言うのは昭和30年代で、林業が盛んな頃です。日本の林業の衰退と共に人口は減り、やがて廃校となる運命でした。
撮影時の少し前には全部の校舎がありましたが、油断している間に半分取り壊されてしまい残念な思いをしました。

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岡ノ内中学校

岡ノ内中学校

この岡ノ内中学校は、物部町の中心地大栃から別府へ向う中間地点にあった学校です。
明治11年に創立、平成2年に統合・廃校となっています。岡ノ内中学校は廃校となって久しいが、今だその姿は美しい木造校舎です。
中に入ると、柱などしっかりした造りであり、ここ物部村が木材の産地であったことを物語っています。
木造校舎ではないので撮影していませんが、同じ敷地に岡ノ内小学校もあります。

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別役小学校

別役小学校

この別役小学校は明治28年に創立、昭和53年に統合・廃校となった学校です。
昭和29年頃、岡ノ内中学校別役分校が併設され、全盛時には小中合わせて150名程の子供達が居ました。
その後廃校となり、現在は取り壊され、埋め立てられて跡形もありません。
高知県で3番目の河川「物部川」の上流の深い山の中にある学校でした。

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別府小学校

別府小学校

この別府小中学校は全盛時には約100余名を数える生徒がいました。
高知県で3番目の河川「物部川」の最上流部、徳島県との県境にありました。林業に依存する地域で、その衰退とともに人口が減り、子供たちも少なくなって、やがて休校・廃校となりました。
やがて、取り壊しになる予定のようですが、寂しい限りです。

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高知県大豊町の木造校舎

久寿軒小学校

久寿軒小学校

この久寿軒小学校は、大豊町のJR土佐北川駅のところから山に入った所にありました。
明治25年頃の創立で、平成14年に廃校となっています。
撮影当時はまだ現役で、山の中の杉林の中に建つきれいな学校でした。
「春には桜がきれいに咲くので、その頃撮りに来たらいいですよ」と言う先生の言葉どうり、春に訪れて見ると校門脇の桜が本当にきれいでした。
昭和の時代に良く目にしたベージュ色の校舎でした。撮影のため校舎の裏山に上ると、可愛いリスがいたのを覚えています。

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川口小学校

川口小学校

この川口小学校は、高知県大豊町を流れる吉野川に立川川が流れ込む川口にあります。
体育館のとんがり屋根がシンボルです。明治23年に創立し、平成18年に廃校となっています。
撮影した頃はわずかな生徒ながら、現役校でした。
暑い夏の日で、プールの脇に大きなひまわりが咲いていました。
今、この木造校舎は宿泊出来る施設として使われており、グッドアイデアです。

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高知県本山町の木造校舎

白髪小学校

白髪小学校

この白髪小学校は高知県本山町の白髪山登山道の途中にあった学校です。
明治14年に創立し、昭和41年に廃校になるまで長い歴史のある山の学校です。
中学校も同じ敷地にありました。廃校になって相当経っているものの、森の中に忽然として建っていました。
明治から昭和へかけて、沢山の学校が創られ、そして消えていったのですね。

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高知県土佐町の木造校舎

和田小学校

和田小学校

この和田小学校は高知県土佐町の早明浦ダム湖畔から山の上に上がった所にあります。
平成12年には休校、平成21年に統合され廃校となっているようです。
撮影当時は休校になったばかりだったかも知れません。
窓からのぞくと廊下がぴかぴかに光っていました。

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高知県大川村の木造校舎

大藪小学校

大藪小学校

この大藪小学校は高知県大川村の西の端、隣の旧本川村に接するところにあります。
旧本川村から東に流れる吉野川に沿って走る国道17号から急峻な山道を上ったところにありました。
昭和59年には統合され、撮影時には廃校ながら校舎は残っていました。
現在は取り壊されている模様。山の学校がまた一つ消えていきました。

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船戸小学校大北川分校

船戸小学校大北川分校

この船戸小学校大北川分校は、高知県大川村の役場から大北川を北に遡った所にあった小さな分校です。
昭和41年には本校に統合されたようで、撮影当時は集会所として校舎は残っていました。
その後、集会所としても必要なくなったのか、今は個人の住宅となっているようです。
校舎脇には年代物のセンダンの木がありました。

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高知県吾北村の木造校舎

三水小学校

三水小学校

この三水小学校は高知県いの町(旧吾北村)の川口と言うところにあった学校です。
平成12年に統合され廃校となったようです。
撮影は夏休みの時期だったので、確かではないが、かろうじて現役校だったと思います。
清らかに流れる川のほとりにありました。

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清水第一小学校

清水第一小学校

この清水第一小学校は、高知県旧吾北村の北の端の国194号沿いにあります。
この木造校舎の反対側には立派な鉄筋コンクリート建ての校舎が出来、木造校舎は役割を終えてひっそりとたたずんでいる状態でした。
その後、校舎は取り壊されて、現在はもうありません。

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清水第二小学校

清水第二小学校

この清水第二小学校は、高知県旧吾北村の北のはずれの標高500mほどの山の上にあります。
平成7年から休校となっているようです。同じ年の7月、映画「絵の中のぼくの村」の主人公の二人が通う「春川小学校」 の舞台となり撮影が行われました。
学校浦には清水が流れる水路があったり…。とてものどかな昭和の風情を残していました。

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下八川小学校

下八川小学校

この下八川小学校は高知県いの町、旧吾北村の下八川と言うところにあった木造校舎です。
撮影時には休校の状態のようでしたが、現在は取り壊して残っていません。
昭和の時代の木造校舎が急速に消滅していきます。
それぞれの学校に長い歴史はあるけれど、消滅するのは一瞬の事ですね。
後は、卒業生の胸の中で在り続けるよりないですね。

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高知県伊野町の木造校舎

中追小学校

中追小学校

この中追小学校は、高知県いの町を流れる仁淀川の支流・勝賀瀬川を遡った険しい渓谷の上にある学校です。
いの町から愛媛県西条に至る、国道194号から乗用車では少し厳しい幅員の山道を登って行くと渓谷の向こうにある学校です。
訪れたのは夏休みでした。児童数は数でした。その後、平19年に休校となっているようです。
友人と二人で撮影に行ったのですが、その後、友人は52歳の若さで逝ってしまいました。思い出深い学校です。

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高知県池川の木造校舎

用居中学校

用居中学校

この用居中学校は、仁淀川町・旧池川町の国道494号沿いにあった学校です。
平成4年に統・廃校となったようですが、撮影当時はベージュ色の木造校舎が凛とした姿で建っていました。
鍵がかかって中には入れない状態でしたが、近所に住む人が開けてくれたので教室も撮影することができました。今は取り壊されて更地になっているので貴重な映像・画像となりました。

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椿山小学校

椿山小学校

この椿山小学校は高知県の旧池川町の深い山の中にあった学校です。
椿山(つばやま)と言う地域は、焼畑が遅くまで残っていた地域として知られている所です。
この椿山小学校は明治8年創立と言うから古い学校ですが、昭和47年に統合・廃校となっています。椿山は高知県における、山の暮らしの縮図のようなところでしたが、時代の流れですね。
撮影当時は木造校舎がありましたが、今は何も無い更地のようです。

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高知県葉山村の木造校舎

床鍋小学校

床鍋小学校

この床鍋小中学校は高知県の旧葉山村の南のはずれの山の中にある床鍋集落にあった学校です。
創立は昭和25年で、昭和41年に中学校が、昭和58年には小学校が統合され廃校となったようです。
33年ほどの歴史の浅い学校だったようです。撮影当時は廃校になったまま放置されていましたが、その後、「森の巣箱」という農村交流施設として生まれ変わったようです。

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高知県東津野村の木造校舎

高野小学校

高野小学校

この高野小中学校は高知県旧東津野村の西のはずれにあった学校です。
昭和47年に中学校が、56年には小学校が統合され廃校となったようです。
撮影当時は民具資料館として使用されていました。
校舎の中には所狭しと農具や民具が並べられて、見学できるようになっていました。その後、校舎があったところは埋め立てられ、その跡形もありません。

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高知県梼原町の木造校舎

上成小学校

上成小学校

この上成小学校は高知県梼原町上成にあった学校です。
梼原は四万十川の最大の支流梼原川が流れており、その支流四万川を遡ったところです。
昭和59年に統合・廃校となっています。
撮影当時は、一部は集会所に一部は繊維会社の工場として使用していました。

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初瀬東小学校

初瀬東小学校

この初瀬東小学校は四万十川の支流北川川のほとりにある学校でした。
山深い地域で、「緑も深い森の影…紅く咲き出る花の園♪」と校歌の一説にあるそうです。
校舎は改築されてほど無くだったのでしょうか、それほど古くなかったように思います。 
こうの小さな山の学校で学んだ子供達、今、どうしているでしょうか…。

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高知県窪川町の木造校舎

松葉川山小学校

松葉川山小学校

この松葉川山小学校は旧窪川町の北の端にある「窪川温泉」の近くにある廃校です。
創立は大正3年のようですが、林業が盛んな頃で営林署に従事する人達の子供が通った学校のようです。
撮影時はすでに廃校になって30年ほど経っており、民具資料館として使用していました。
小さな学校ではあるが、山が栄えた証しのように建っていました。

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高知県中村市の木造校舎

鴨川小・中学校

鴨川小・中学校

この鴨川小中学校は明治22年創立した学校のようです。
知人に教えてもらって撮影に行ったのは桜まっさかりの時期でした。
しかし、そこには講堂が残されているだけで本校舎はすでに取り壊してありませんでした。
近所の人と立ち話をして当時の様子を話してくれました。「やっぱり壊さずおいておけばよっかた!」とのこと…。どこに行っても同じ答が返ってきます。
集落から学校が消えると言うことは、心のよりどころを無くすようなものなんですね。

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高知県土佐清水市の木造校舎

出合小・中学校

出合小・中学校

この出合小中学校は、土佐清水下川口を流れる宗呂川に沿って県道28号を遡ると県道344号と交わるところにありました。
すでに廃校になって久しいようで、運動場には草が生え滅びの姿をさらしていました。
その中にも校門の桜は咲き誇り、懐かしい入学や卒業の風景を思い出させてくれます。
何と風情のある学校かと、感じた校舎でした。学校は川上から順番に消滅していく運命のようです。

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